水星の魔女の影響で百合について友達が話してるのを見て、何が百合で何が百合じゃないかっていうのはわからないんですけど、自分としてはラッキースケベみたいな百合が好きなんだろうなと思いました。意識してないけどそういう瞬間があるみたいな(ちなみに私は水星のやつ見てないです)

私は元々女の子が女の子と交流する中で自己を見つけるような物語が好きで、スタァライトに関してもそういう視点で見ています。それを百合と認識したことはないので百合が好きですとは胸を張って言えないんですけど、ラッキースケベ的にスキンシップしたり互いの境界が曖昧になる瞬間はほしいし、それは一種の百合だと思う。私は彼氏がいる女の子同士でも百合を感じられるんですけど、こういうことのようです。

ひさななを描き始めた動機として、スキンシップさせたいというのは大きかったです。♯2で、小春真矢、涼まひるは握手してるのに、氷雨ななだけノータッチ…。ライブパートでは一緒に泣いたり手を繋いだり、カテコではハグもしてるのに、本編ではノータッチです。なので私のひさななのテーマは一貫してラッキースケベなスキンシップです。(ラッキーと思ってるのは私であって当人たちではないです)

これでやっと他人に百合について話せる気がします。
ちなみにひさななは、百合抜きで好きです。百合が好きなんじゃなくてひさななが好き😊

今日の日記でした。

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