風の中

24/5/17 つぶやき

「舞台少女なら大丈夫」という呪文に異を唱えることができるの、氷雨ちゃんだけなんですよね。その呪文が利かないときがあることを誰よりも感じてきた子だし。

世間はもう別の話題で盛り上がってるのにずっとソロモンの指輪のこと考えてます。

24/5/16 つぶやき

ななが氷雨のことをどう思ってるのか分からなさすぎる。

氷雨は相手が自分を見てくれなくても舞台に対して本気になれたらそれで良しというところがあるので報われさがつきまとう。(Delightで晶が応えてくれるのが唯一だから、氷雨のファンがあそこであきひさに目覚めるのは分かるんですよね)

今回のななのアンサーは、晶みたいな分かりやすいものじゃなくて「子どもの顔を見せる」ことだけど、多分意識的じゃなくて無意識なんだろうと思う。

でもジークフリートの絆では意識的に氷雨に対して断ってて、自分はそういう顔を見せる相手は選んでるってムーブをしてる。

新刊はこのあたりの辻褄を合わせる感じの内容なんですが、自分でもよくわからなくなってきました。氷雨はななに対して色々言及するけど、ななは氷雨個人に対しての言及がほぼないので、SHIBAHAMAで共演したゆゆ子より仲良くないって言われたら信じちゃうな。

でもジークフリートであるるの髪を結い直してるんだから氷雨にも同レベルのことはしてあげてると思う。

もちろんそれ以上のこと(氷雨に舞台を与える)はしてるんだけど…

もしかして全ての舞台少女の中で一番遠い存在の可能性ある? みんなに見せる以外の顔を、どうして氷雨は見れたのでしょう。ただ一緒にいる時間が増えたからななの表情変化に気づけるようになった、というなら、それは氷雨の頑張りであって、結局それに対するななのアンサーはないんですよね。

24/5/12 つぶやき

20240512222125-admin.jpg

上手くいけば6月新刊出ます
ソロモンの指輪のひさななです
いつもよりひさななしてて自分もアウトかセーフかの判断ができないのですがとりあえずネームはできました。間に合わなくても出したい。

見通しが立てばXで告知します

24/5/11 つぶやき

202405112201231-admin.jpg
ジークフリートのときから純那がななの傍に固執してる理由がずっと分からなかったのですが(当時は劇場版公開直後で、この二人のきれいな別れが描写された後だったので余計に)「掴んでみせます自分星」の「自分星」は、自分が輝ける役、と考えればいいのかと突然腑に落ちました。何故かずっと主役のことだと思ってた。

覚えてる限りでは「ななの傍にいれば輝ける」という描写もないためただの妄想ですが、今の自分が好きと言ってますし、私の中ではそういうことにしておきます。

この台詞を無自覚マウントにするのは無理があるから(香子と珠緒の「華を継ぐ者」でも双葉が突然彼氏面するシーンがあるので、ライターさんの性癖だったのかなあと思いつつ)ちゃんとはっきりと純那はななの傍にいたいんだろうと思うし、悪魔はソロモン王の傍にいるからセーフです。誰もかわいそうになってないです。


20240511220123-admin.jpg
このやり取りの中で、氷雨がななの名前を出さずあえて「演出助手さん」と呼ぶのが、氷雨なりの自己主張ですよね。ななにもらった歌、ななにもらったポジションを大切にしていて可愛い。

24/5/9 つぶやき

20240509090550-admin.jpg

ななの成長を示すには相手役は氷雨でなければならない、私なりの考えを書き留め。ストーリー的にそうなるだろうという予測と、それに対するソロモンの感想です。

(追記)
長々と書いたけど、4年くらい考えてたことの答えが合わせが出来て嬉しいという話なんですよね。ここに書いたことが正しいわけじゃないし、今後の展開も分からないけど、長年見たかったものが公式で見れたので満足です。


スタァライトのテーマの1つに「執着」があります。劇場版ではこの執着にケリをつけるものだった(=執着を終わらせる、ではないけど、監督は「ちゃんと終わらせてあげたかった」と話しているので、盲目的な状態ではなくなったと考えていいと思います)

ななの執着対象は第99回聖翔祭で公演したスタァライト、およびその仲間たち。劇場版で彼女はこれにどうケリをつけたかというと、最後の再演のキリンのオーディションで唯一対戦しなかった純那との対戦です。(純那を過剰に煽ったのは、皆殺しで「劇場版という舞台が始まってるよ」と教えてもスイッチの入らない彼女を舞台に上げるためであって、それ以外の何でもないと私は思ってます。)狩りのレヴューで純那の成長を見届けたことで、再演という名の執着にひとまずのケリがつきました。

舞台少女としての価値観が口上に表れているとした場合、ななの価値観は「私が守ってあげるの、何度でも」になります。舞台少女・星見純那を守れたので、ななの願望も果たせました。ただ聖翔の子たちは、ななの庇護下にいる限り舞台少女としてのアイデンティティが成り立たないし、すでにそのテーマはテレビシリーズの9話で一応は解消されていたので、劇場版で純那は「守ってくれてありがとう」とは言いません。あくまで再演はななの個人的なケリであって、再演を生きてない純那のケリとは相互関係にはならない。

純那のケリの対象は学生生活なのかなとアニメディアの樋口さんのコメントを読んだとき感じました。委員長や生徒会長という学校ならではの肩書きが、他者のキラめきに目がくらんだ彼女の拠り所になってしまったのではないかと。だから狩りのレヴュー自体は、聖翔音楽学院に囚われた二人が高校で出来た親友のルームメイトと決別する、という視点で見るときれいにリンクしています。ただ再演のことがモノローグで入っていたり、パンフレットでも二人は別の方向を見てるので、監督はわざとリンクさせなかったんだろうなと。スタリラでは理解し合ってて純那はななの拠り所という部分が強調されていますが、監督が表現したかった二人の関係性は「学校生活のあいだだけすごく仲の良かった、たまたま隣にいた子」なんじゃないかと思っています。めちゃくちゃリアルですよね。

とりあえずここの二人からは、ななの願望のストーリーが見えづらくなってます。

で、ストーリー的に見やすくしようとした場合、スタリラのアルカナの真矢とのレヴューのようになる。するとななが敗れる結果となるので彼女の願望は果たせません。シンクロのイベストを見ても(あれはアニメ監督が監修・樋口さん脚本なのでアニメ側の解釈だと判断してます)、ななの何かの絆での双葉とのやり取りを見ても、聖翔の子が相手だと「守ってあげたい」願望は受け取ってもらえない。

ななの願望を正面から受け取ってくれる子は、聖翔の外部の子しかいないわけです。

もちろん、ななは自分でちゃんとケリをつけられるので、それをわざわざ描くのは無粋かもしれない。でも私はTVシリーズのときから、ななと正面から向き合って、ななの願望を叶えてくれる子との話が見たかったし、♯2で氷雨を知ったときはその相手は氷雨しかいないと思った。ただ願望を受け取ってくれるだけなら無関係の子でも全然いいけれど、かつて一緒に舞台を作ろうとしていた・それが果たせなかったという設定があるので、氷雨側から見てもななの願望を受け取ることに舞台少女として大きな意味があります。お互いに舞台少女としてプラスになる。

ただ、聖翔在学中の彼女たちでそれを描くのは説得力がないだろうとも思っていました。ななも氷雨も目の前の舞台を大事にするキャラクターなので、それを跳び越えていくのは、目の前の舞台をおろそかにしてしまってる印象が出るからです。

今回のソロモンのイベストは、本当にすごかった。
氷雨が来ることが確定している客演というポジション。まさあめが関与してないおかげで演出や脚本に深く関われるななのポジション。あくまでここで登場するのは精神的に劇場版の後のななで、彼女のテーマを再定義するために氷雨を掘り下げているので無粋さもない。

劇中劇は全体的に脚色が強めですが、国と国とのあいだに橋をかけるこの結末こそななの隠れた願望なんだろうと思うし、その橋をかけられる相手はやっぱり氷雨だけなんですよね。やっと想いを誰かと交わすことが出来たねと思わずにはいられません。人魚姫で氷雨の感情に触れて、氷雨相手なら大丈夫と思ったのかなあと想像しています。どうせやるならひさななにもっと振り切ってほしかったけど、そこは妄想で補えばいいかな。

#スタリラ
たたむ