『二人だけのドレスパーティ』#ひさなな #SS「そういえば、ななさんは男役が多いんですか?」 氷雨ちゃんが不思議そうな顔でこちらを振り返った。 ここは青嵐の衣装部屋。以前氷雨ちゃんが着ていたドレスが素敵だったから参考にさせてもらおうと、一人で見学というか、遊びに来ている大場ななです。氷雨ちゃんのお言葉に甘えて目的のドレス以外のものも見せてもらっていたのだけれど、うっかり「私も着てみたいなあ」とこぼしてしまっていた。「背が高いから、どうしてもね。涼ちゃんもそうなんじゃない?」「涼さんは、身長というよりアクロバティックな役が好きだから自然と男役が多くなる感じですね。ドレスは裾を踏んでしまいますし……あ、でもこれは涼さんの貴重なドレス衣装ですよ」 氷雨ちゃんが奥から引っ張り出したのは、ラメが散りばめられたコバルトブルーのドレスだ。「わあ、シルエットが優雅でとっても素敵。これを涼ちゃんが?」「去年先輩達が主演をしたオリジナル演目で着たものなんです。海の門番の役で……。肩幅は良さそうですね。でも丈が少し足りないかな」「ひ、氷雨ちゃん?」 ぶつぶつと独り言をこぼしながら、氷雨ちゃんは細い腕を伸ばしてドレスを掲げ、私の周りを一周する。「大丈夫です。これ、ツーピースになってるので、腰のところですぐに調整できるんです」 ハンガーにかけたドレスの腰あたりに手を差し込んだかと思うと、氷雨ちゃんはたっぷりと細かなプリーツがほどこされた裾を広げ、私の腰から下と見比べる。「これで大丈夫です」「だ、大丈夫って……着ちゃっていいのかな。涼ちゃんの貴重なドレスなんでしょう?」「もう着ることもありませんし、時期が来れば後輩がほどいてしまいますから」「でも私、ドレスなんて久しぶりで。女の子の役でもロングスカートなんてなくて」 どうして私は自分のことになるとなかなか決められないのだろう。人の背中を押すのは得意なのになあ。でも氷雨ちゃんの前で格好悪いところは見せたくないし……このスカート、外側はプリーツだけれど内側はタイトになってて、きっとプリーツが動いたときに透けて見えるシルエットが素敵なんだろうけれど、上手く動かないと裾を踏んでしまうかもしれない。動かなければ平気かな。 あれこれ考えていると、氷雨ちゃんがドレスをそっと私の前に差し出した。上目遣いで覗きこまれる。「ななさん。ここは舞台の上じゃありませんよ」 ――あ。 その言葉に、はっとする。 そう、か。 そうだった。「それに、私が見たくなっちゃったんです。そのドレス、背が高いほど素敵ですから」 氷雨ちゃんが照れくさそうに肩を揺らして笑った。 その笑顔で、私の悩みも吹き飛んじゃったみたい。「じゃあ、ちょっとだけ、着ちゃいます」 氷雨ちゃんからドレスを受け取って、衣装部屋の隅にある更衣室へ。 聖翔の制服を脱ぎ、コバルトブルーのドレスに袖を通す。これは舞台衣装だけれど、舞台のためじゃない。氷雨ちゃんのためだけに着飾るなんて、とっても贅沢で、すてきなことだ。「おまたせ」 着替え終わった私を待ち構えていたのは、コバルトブルーにラメを散りばめたドレスの氷雨ちゃんだった。一見おそろいだけれど、よく見ると彼女のはドレスというより豪華なワンピースという感じだ。「それも、先輩の演目の?」「これは別の演目ですけど、ななさんがそれを着るならちょうどいいと思って……変ですか?」「ううん。とっても可愛いし似合ってる」 特に大振りなリボンタイが、氷雨ちゃんの小さな身体をますます華奢に見せている。「ななさんも素敵です。想像以上! 回ってみてください」 歓声を上げる氷雨ちゃんに気分を良くしてターンする。裾を踏まないように気をつけながら、もっともっととせがむ氷雨ちゃんに応えてちょっと脚を上げてみたりして。すると足元のスリッパが元気に飛んじゃって、私たちは声を上げて笑った。「いつまでも見ていたいですけど、そうもいきませんね」 スリッパを拾ってくれた氷雨ちゃんが私に向かって小さな手を差し伸べる。自分の手を重ね、わざとらしくおごそかに、スリッパに爪先をそっと入れた。エスコートされるなんて授業でもやってないからドキドキしちゃうけれど、それも数秒でおしまい。だって役なんて関係ない、普段の私たちだもの。時間が足りないくらい衣装の話に花を咲かせて、舞台と関係ないおしゃべりもたくさんして、衣装から制服に着替えたときはなんだか贅沢な遊びをしたような気分だった。「次は聖翔に来てね、氷雨ちゃん」「よろしいんですか?」「もちろんだよ」 自分の思いつきにわくわくが止まらなくなっちゃって、その日はなかなか寝付けなかった。氷雨ちゃんとやりたいことがたくさんあるから。ありすぎて、困っちゃうくらい時間が足りないことに気がつく。でも、悲しんでいる暇なんてない。だから大事にするんだ、ひとつひとつを。 私は布団をかぶって、未来のために目を閉じた。 メイク道具も用意したらさすがにやりすぎかな、なんて思いながら。 2023.6.28(Wed) 23:14:04 らくがき
#ひさなな #SS
「そういえば、ななさんは男役が多いんですか?」
氷雨ちゃんが不思議そうな顔でこちらを振り返った。
ここは青嵐の衣装部屋。以前氷雨ちゃんが着ていたドレスが素敵だったから参考にさせてもらおうと、一人で見学というか、遊びに来ている大場ななです。氷雨ちゃんのお言葉に甘えて目的のドレス以外のものも見せてもらっていたのだけれど、うっかり「私も着てみたいなあ」とこぼしてしまっていた。
「背が高いから、どうしてもね。涼ちゃんもそうなんじゃない?」
「涼さんは、身長というよりアクロバティックな役が好きだから自然と男役が多くなる感じですね。ドレスは裾を踏んでしまいますし……あ、でもこれは涼さんの貴重なドレス衣装ですよ」
氷雨ちゃんが奥から引っ張り出したのは、ラメが散りばめられたコバルトブルーのドレスだ。
「わあ、シルエットが優雅でとっても素敵。これを涼ちゃんが?」
「去年先輩達が主演をしたオリジナル演目で着たものなんです。海の門番の役で……。肩幅は良さそうですね。でも丈が少し足りないかな」
「ひ、氷雨ちゃん?」
ぶつぶつと独り言をこぼしながら、氷雨ちゃんは細い腕を伸ばしてドレスを掲げ、私の周りを一周する。
「大丈夫です。これ、ツーピースになってるので、腰のところですぐに調整できるんです」
ハンガーにかけたドレスの腰あたりに手を差し込んだかと思うと、氷雨ちゃんはたっぷりと細かなプリーツがほどこされた裾を広げ、私の腰から下と見比べる。
「これで大丈夫です」
「だ、大丈夫って……着ちゃっていいのかな。涼ちゃんの貴重なドレスなんでしょう?」
「もう着ることもありませんし、時期が来れば後輩がほどいてしまいますから」
「でも私、ドレスなんて久しぶりで。女の子の役でもロングスカートなんてなくて」
どうして私は自分のことになるとなかなか決められないのだろう。人の背中を押すのは得意なのになあ。でも氷雨ちゃんの前で格好悪いところは見せたくないし……このスカート、外側はプリーツだけれど内側はタイトになってて、きっとプリーツが動いたときに透けて見えるシルエットが素敵なんだろうけれど、上手く動かないと裾を踏んでしまうかもしれない。動かなければ平気かな。
あれこれ考えていると、氷雨ちゃんがドレスをそっと私の前に差し出した。上目遣いで覗きこまれる。
「ななさん。ここは舞台の上じゃありませんよ」
――あ。
その言葉に、はっとする。
そう、か。
そうだった。
「それに、私が見たくなっちゃったんです。そのドレス、背が高いほど素敵ですから」
氷雨ちゃんが照れくさそうに肩を揺らして笑った。
その笑顔で、私の悩みも吹き飛んじゃったみたい。
「じゃあ、ちょっとだけ、着ちゃいます」
氷雨ちゃんからドレスを受け取って、衣装部屋の隅にある更衣室へ。
聖翔の制服を脱ぎ、コバルトブルーのドレスに袖を通す。これは舞台衣装だけれど、舞台のためじゃない。氷雨ちゃんのためだけに着飾るなんて、とっても贅沢で、すてきなことだ。
「おまたせ」
着替え終わった私を待ち構えていたのは、コバルトブルーにラメを散りばめたドレスの氷雨ちゃんだった。一見おそろいだけれど、よく見ると彼女のはドレスというより豪華なワンピースという感じだ。
「それも、先輩の演目の?」
「これは別の演目ですけど、ななさんがそれを着るならちょうどいいと思って……変ですか?」
「ううん。とっても可愛いし似合ってる」
特に大振りなリボンタイが、氷雨ちゃんの小さな身体をますます華奢に見せている。
「ななさんも素敵です。想像以上! 回ってみてください」
歓声を上げる氷雨ちゃんに気分を良くしてターンする。裾を踏まないように気をつけながら、もっともっととせがむ氷雨ちゃんに応えてちょっと脚を上げてみたりして。すると足元のスリッパが元気に飛んじゃって、私たちは声を上げて笑った。
「いつまでも見ていたいですけど、そうもいきませんね」
スリッパを拾ってくれた氷雨ちゃんが私に向かって小さな手を差し伸べる。自分の手を重ね、わざとらしくおごそかに、スリッパに爪先をそっと入れた。エスコートされるなんて授業でもやってないからドキドキしちゃうけれど、それも数秒でおしまい。だって役なんて関係ない、普段の私たちだもの。時間が足りないくらい衣装の話に花を咲かせて、舞台と関係ないおしゃべりもたくさんして、衣装から制服に着替えたときはなんだか贅沢な遊びをしたような気分だった。
「次は聖翔に来てね、氷雨ちゃん」
「よろしいんですか?」
「もちろんだよ」
自分の思いつきにわくわくが止まらなくなっちゃって、その日はなかなか寝付けなかった。氷雨ちゃんとやりたいことがたくさんあるから。ありすぎて、困っちゃうくらい時間が足りないことに気がつく。でも、悲しんでいる暇なんてない。だから大事にするんだ、ひとつひとつを。
私は布団をかぶって、未来のために目を閉じた。
メイク道具も用意したらさすがにやりすぎかな、なんて思いながら。