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水星の魔女の影響で百合について友達が話してるのを見て、何が百合で何が百合じゃないかっていうのはわからないんですけど、自分としてはラッキースケベみたいな百合が好きなんだろうなと思いました。意識してないけどそういう瞬間があるみたいな(ちなみに私は水星のやつ見てないです)

私は元々女の子が女の子と交流する中で自己を見つけるような物語が好きで、スタァライトに関してもそういう視点で見ています。それを百合と認識したことはないので百合が好きですとは胸を張って言えないんですけど、ラッキースケベ的にスキンシップしたり互いの境界が曖昧になる瞬間はほしいし、それは一種の百合だと思う。私は彼氏がいる女の子同士でも百合を感じられるんですけど、こういうことのようです。

ひさななを描き始めた動機として、スキンシップさせたいというのは大きかったです。♯2で、小春真矢、涼まひるは握手してるのに、氷雨ななだけノータッチ…。ライブパートでは一緒に泣いたり手を繋いだり、カテコではハグもしてるのに、本編ではノータッチです。なので私のひさななのテーマは一貫してラッキースケベなスキンシップです。(ラッキーと思ってるのは私であって当人たちではないです)

これでやっと他人に百合について話せる気がします。
ちなみにひさななは、百合抜きで好きです。百合が好きなんじゃなくてひさななが好き😊

今日の日記でした。

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SNSの話というか
私の活動スタイルは特に変わらないというか、普通にこのままです。ここでのんびりやって、まとめや本を出すときの告知をpixivに投稿して、即売会に出て、メロンブックスに委託します。このサーバーとpixivとメロンブックスがある限りは変わらないと思います。

Twitterは誕生日をお祝いするのを除けば私的には情報収集ツールなので、Twitterの代わりを探すという意味では数年ぶりにRSSリーダー入れようかな~という感じです。(原稿が終わったら)

分散型になるのが今後の時代の流れみたいだけど、まだ慌てなくていいかな。Twitterでコミュニティ作ったり営業や広報をしてる人とかは大変かと思いますが…。WEB3.0のオタク活動モデルが整った頃にまた考えます。

SNSに関してはそんな感じです!

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聖翔で誰かのフローラになれなかったななが、♯2で氷雨のフローラになれたというのをやっぱり大事にしたい。
そして中学時代まで遡ると、氷雨がななを救っていた事実をやっぱり大事にしたい。

アニメという枠の中に氷雨は出てくることは出来ないけれど、アニメを降りたななの傍にはちゃんといる。

監督はアニメを一つの見世物として意識的に作ってることを思うと、これが観客に見せるための舞台だと知る再演中のななの台詞は(最初の一年を除いて)劇場版の最後まですべて観客に聞かせるための台詞なんだよなと思って。だから一人だけモノローグが多いし台詞回しが独特で、本音はほとんど見せない。

ひかりはオーディションが観客に見られてると知っていて、ななは日常生活も観客に見られてると知っていて、華恋は観客を一切意識していなくて、真矢クロはライトが当たるところでお芝居をして、ふたかおは相手しか見えてなくて、じゅんまひは自分のために自分を演じている。そんな感じじゃないかと思います。

それで、アニメそのものがななの再演の舞台なのだとしたら、そこから「降りる」ことがあるはずで、降りたところには氷雨ちゃんがいてほしい。舞台のななは素のななだと思うし(三浦さんは王道でシンプルな話作りをされるので複雑なメタ構造は入れてこないと思う)という日記でした。


(以下、ななのキャラクター像についての追記)


アニメのななの言動は嘘だったという話ではなく、観客を意識したものだということです。ロンドロンドロンドでキリンに「演技」を求められるシーンがあるので、TVシリーズが終わって一度「アニメという舞台」から降りたななは、あそこでまたアニメの舞台に上がり、劇場版の前からお芝居を始めていた…ととれます。ただ涙は演技ではないと思うので、涙は彼女のお芝居が終わる合図なのかなと。

ななのこの独特な立ち位置は、中の小泉萌香さんが、フリートークが苦手という部分に由来してると思っています。中の人の特性が反映されていると思うとなながアドリブ上手というのは考えられない。(なので狩りのレヴューで純那にアドリブ対決に持ち込まれて負けた)(言葉の対決となると氷雨ちゃんも得意なので…このへんもうちょっと深く掘り下げたいです)

ななは最強とか天才とかいわれてるけど、私はやっぱり普通の女の子だと思ってます。再演という経験から自分の筋書きの中でだけは強くなれているだけ。というのが私の願望です。

スタァライトの設定は、これ!という決まりはあんまりなくて、その場その場で矛盾しないように変えてる感じがするので、もう本当に、解釈とか考察じゃなくてただの願望です。


ちなみに劇場版前から「アニメの舞台」が始まることを察知して、いち早くそこから抜けようと(塔から降りようと)華恋とレヴューしたのがひかりです。他の女神にキャスティングされてる6人は、劇場版が始まっても「自分が舞台の上にいること」を意識できなかったので、ななは皆殺しのレヴューでみんなに気づかせた。このままじゃ舞台少女として死んでしまうので。だから皆殺しはみんなを舞台少女として生かすためのレヴューなんですよね。「舞台少女の死」というテーマを与えたのはキリンなので、ななは観客の要望に応えたレヴューテーマを作った。

純那に死を求めたのもその延長です。実際、6人の中で一番死にかけていた子とレヴューをしただけだと思います。でなければ、華恋を電車で送り出すところの「華恋はまだ次に行くところを決めてない(だから自分は手が出せない)」の台詞の説明がつかないような。ななはやっぱり聖翔のみんなを等しく好きなんだと思うな…。

妄想でした😌
スタァライト、後から後から「こうだったのかも」が出てきてやめられない。
たたむ

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新刊の内容
嫌な人は嫌だよなって思考になりがちなんですけど、そうじゃない人のほうが多いですよね多分。ななの解釈が大多数と違うと思うけど少なくとも私は嫌じゃないし。好きな人はいなくても、嫌な人とどちらでもない人を比べたらどちらでもない人のほうが多いはずだ…

描き終わるのもったいないくらい描くのが楽しい原稿になってます。でも終わったら次の原稿に取り掛かれて新しいひさななが描けるので、惜しみつつラストスパートしていきます。


これは入稿前にいつもくる不安なので描いていればなくなります。
ひさななは可愛いし、他と比べて劣ってる組み合わせでもないです。

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新刊ですが、内容を詰めてた頃は1~3話はWEB公開、全話セットの電子版と同人誌を作る、という頒布方法でいく予定でした。それくらいひさななに対して熱かったというか、それこそ全人類に見てほしいみたいな気持ちがあったと思います。

でも♯4でひさなながハッピーエンドを迎えたのを見て、私がやることじゃなかったと我に返りました。あと気持ちも楽になった。

描いてるとき、ひさななの大事な時間を見せてもらってる、という気持ちでいます。だから電子版で全世界からアクセスできる場所に二人の大切な時間を載せるのは個人的には抵抗もあったりする。大勢の人に見てほしいというのもあるんですが、このへんの折り合いが上手くいきません。

人の同人誌を読むときはもっとフランクだし、むしろ可愛いとかえもいとか電子版ありがたいとか、そのへんの感情しか動いてないので、描く側になったとき自分がこんなに面倒だとは思いもしませんでした。

私はこんなんだけど読む人はもっとフランクでいいので…ほんとに1コマでもいいなって思ってもらえるといいなって感じなので。夏バテでちょっと疲れてるだけなので、ほんとに。

頒布は8月に入ってからになりそうです。同人界が夏コミで忙しくなる前には終わりたいです。

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